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子なし専業主婦の右往左往

不安神経症持ちの子なし主婦のあれこれ

私がなかなかブログを書けない理由

私は、物語なりエッセイなり、書くことをライフワークにしたいと思っていて、こうしてブログも作ったのだけど、ま~~~書かないねぇ。

 

理由は3つある。

 

1つは、(読まれることを意識して)書くことって頭を使うから。

頭を使うのは疲れるから。

上記の理由で最近あんまり本も読んでいない。

図書館で10冊マックスで借りてきて、1冊も読み切れず返すこととかあるからね。読書も、書くことと同様にライフワークにしたいと思ってるのだけど、集中力が続かないし、読んでると他のことしたくてそわそわしてくる。心が不安定だったりすると、読もうと思っても文字の上を視線が上滑りするばかりで、内容が全然入ってこないし。今ほど娯楽のなかった昔は、本ばかり読んでたんだけどな…。

 

2つめは、自分の書いた文を後から読むと、下手すぎて死にたくなるから。

こんな下手な文をネットの海に流すなんて恥ずかしすぎる。書いたそばから全部消してしまいたい。文章うまい人なんて腐るほどいる。うまい!と思う文章読むと打ちのめされる。私が書く必要なんてない…という思考の結果。

 

3つめは、「書きたいこと」と「書けること」に隔たりがあるから。

パニックや抑うつや不安神経症その他もろもろを患ってからというもの、家にひきこもって自分の病状や不安や辛さについて考えることに1日の大半を費やしているおかげで、それら(病気や症状のこと、病人として考えていること)についてならいくらでも書ける。永遠に書ける。だけど、そんな暗くて生産性のない話、誰も読まされたくないやろ?と思ってしまう。

そして、私が書きたいのはそういうことじゃない。書きたくないと言うと語弊があって、むしろそういうことを吐き出す場所が必要だとはずっと感じていて、病気のことや行き場のない思いも書いていきたいと思って、このブログも作った。

でも、本当に書きたいのは、仕事で経験したことや、旅行した先で見た景色や、人との触れ合いの中で感じたこと、だったりする。なのに実際は、病気で仕事を1年以上していない、旅行どころかパニックで電車も車もろくに乗れない、人との触れ合いと言えば夜帰ってきた夫と会話するだけって日もある、と、こんな自分である。書くネタに詰まったら外に出よう!とか言うけど、したくてもできない人もいるんやで…。

 

と、なかなか書けない理由を挙げてきたけど、投げ出してるわけじゃなくて。

1つめ、頭はちゃんと使うべきだと思うし、2つめ、書くことで(+読むことで)しか文章はうまくならないこともわかっている。ちゃんと頭を使って、地道に書くことを積み重ねて、自分の思い通りに言葉を紡げるようになれたらいいなぁと思う(書くの嫌いなのに無理してやるみたいな書き方だけど、書くことは嫌いじゃない)。

3つめはね、うーん。逆に病気で引きこもりの私だからこそ書けることもあるんじゃないかとも思う。誰かに共感してもらったり、誰かの気持ちの支えになれるかもしれないから、病気のことも書いていきたいと思う。前向きな時は前向きな思いを、ネガティブな時はネガティブな思いを。治療の話もね。絶対治すぞ!って気持ちももちろんある。

そのうえで、出掛けられた時にはそのことを書いたり、ろくに出かけられなくても、花の匂いとか、近所のスーパーでのこととか、狭い行動範囲でも書けることはあるんじゃあるまいか。お題スロットで過去の思い出話を訥々と語るのもアリだろう。

 

書くのは好きだけど、もっとうまくなりたい。そのためにはとにかく書くしかない。書いたそばから消したくなるような、恥ずかしい、ゴミみたいなガラクタみたいな文章を山ほど書こう。