子なし専業主婦の右往左往

不安神経症持ちの子なし主婦のあれこれ

母と私

お題「最近見た夢」

 

文章修行のために、お題スロットを使うことにした。

お題が難しかったとしても、そこで頭を使って、記憶を手繰り寄せ、文章をひねり出すことに意味がある。

それこそが文章修行。

なので、書きやすいものを選んだりせず、どんなお題でもチャレンジすることにする。

(と言いつつ、何回かスロット回したけど…)

 

一昨日くらいに、母と衝突した夢を見た。持病を早く治しなさい!!と一方的に怒鳴られる夢。私も反論したけど、全く話が通じずに悲しくなった。

 

私は潰瘍性大腸炎という病気を患っているが、幸いそんなに酷くはなく、今も寛解中で、飲み薬のペンタサと座薬でほぼコントロールできている。1年か2年に1度再燃するが、その時はとにかくお腹が痛くて、1日のトイレ回数が12回くらいになったり、出血したりする。でも薬をいろいろ増やして様子を見ていると、数週間でなんとか落ち着くので、入院も救急車も今のところ経験していない。

ただ再燃時はトイレから離れられないので、10数年前の発症当時から母には心配をかけている。

潰瘍性大腸炎は原因不明、寛解と再燃を繰り返すけれども完治はしないと言われていた。しかし最近では、健康な人の腸内細菌を移植すれば治る!、という「糞便移植療法」と呼ばれる治療法があるらしい。

 

その治療法を、夢の中で母に、「やりなさい!!」と言われたのだった。

 

でも、今は潰瘍性大腸炎よりも、各種精神疾患の方が生活に支障をきたしている。抑うつパニック障害、不安障害。当事者としては、こっちをなんとかする方が明らかに先決なのだ。で、「それより精神疾患の方が大変なんだけど!!」って抗議したのに、母は聞く耳持たず持論をまくしたてるだけだった。夢の中で凹んでしまった。

 

2年前からツイッターにメンタル疾患持ちとしてアカウントを作ったけれど、鬱やパニック障害、不安障害を長い間患ってる人には、アダルトチルドレンの人が多いなあと感じている。それで、私ももしかしたらACなんじゃないかと疑っていた時期がある。今回の夢で、またそのことを思い出した。

 

母はルールに厳しい人ではあったと思う。中学生の時に友達の間でCDの貸し借りが流行っていて、私もみんなの輪に入るためにやりたかったけど、持っていくことは許されなかった。当然門限もあったし、大学生の時に初めてオールをした時には1週間口をきいてもらえなかった。ひっぱたかれたこともつねられたことも、家から閉め出されて鍵をかけられたことも数えきれない。

でも、そのことと愛情とは別問題だった。愛されていないのでは?と考えたことなど1度もなかった。

 

大人になってパニックを発症した10年くらい前から、母はメンタルの疾患に理解がないなぁと感じることが増えた。たとえば、実家に帰っているとき、私が夜に体調日記をつけていると、「そんなの書いてるから具合悪くなるんだよ」、などと言われる。「病は気から」と信じているタイプの人で、具合が悪そうにしていると怒られる。こっちは辛い素振りをすることもできない。症状でしんどいのに、そのしんどさを表に出さないように振る舞うのは輪をかけてしんどかった。

 

それでも、最近になって態度が軟化したなぁとも思う。実家近くの病院に検査に行くために実家に帰省しても、当日朝体調が悪くて行けない時もあって、最初のうちは怒られたり呆れられたりしていたけれど、私が意気消沈していると、何も言わないでいてくれるようになった。母なりに理解しようとしてくれているのを感じる。

 

せっかちで、シャイで、思ったことをズバズバ言ってしまうのは母の性格だ。私も大人になって、母も1人の人間なんだなとわかるようになった。母が毒親の条件から全て外れているとは思わないけれど、私の病気は母に影響されたものではないと信じる(毒親の要素が全くないという人も、珍しいのかもしれない)。

その証拠に私は大学生まで伸び伸びと学生生活を楽しんでいたし、鬱なんて自分から遠すぎてわからなかったし、自己肯定感も十分だった。

 

鬱やパニックや不安があっても、しんどい、行けない、できない、と言っているだけではいつまでも回復しないのは自分でもよくわかっている。せっかちな母は見ているだけでイライラしてしまうかもしれないけれど、黙って見守ってくれたら有難いと思う。

先週、パニックや不安障害から抜け出せるきっかけみたいなものを掴めた感じがして、今はだいぶ前向きに症状と向き合えるようになっている。春は毎年大きく調子を崩すのだけれど、今年の春はうまく乗り切れるだろうか。

 

 

私がなかなかブログを書けない理由

私は、物語なりエッセイなり、書くことをライフワークにしたいと思っていて、こうしてブログも作ったのだけど、ま~~~書かないねぇ。

 

理由は3つある。

 

1つは、(読まれることを意識して)書くことって頭を使うから。

頭を使うのは疲れるから。

上記の理由で最近あんまり本も読んでいない。

図書館で10冊マックスで借りてきて、1冊も読み切れず返すこととかあるからね。読書も、書くことと同様にライフワークにしたいと思ってるのだけど、集中力が続かないし、読んでると他のことしたくてそわそわしてくる。心が不安定だったりすると、読もうと思っても文字の上を視線が上滑りするばかりで、内容が全然入ってこないし。今ほど娯楽のなかった昔は、本ばかり読んでたんだけどな…。

 

2つめは、自分の書いた文を後から読むと、下手すぎて死にたくなるから。

こんな下手な文をネットの海に流すなんて恥ずかしすぎる。書いたそばから全部消してしまいたい。文章うまい人なんて腐るほどいる。うまい!と思う文章読むと打ちのめされる。私が書く必要なんてない…という思考の結果。

 

3つめは、「書きたいこと」と「書けること」に隔たりがあるから。

パニックや抑うつや不安神経症その他もろもろを患ってからというもの、家にひきこもって自分の病状や不安や辛さについて考えることに1日の大半を費やしているおかげで、それら(病気や症状のこと、病人として考えていること)についてならいくらでも書ける。永遠に書ける。だけど、そんな暗くて生産性のない話、誰も読まされたくないやろ?と思ってしまう。

そして、私が書きたいのはそういうことじゃない。書きたくないと言うと語弊があって、むしろそういうことを吐き出す場所が必要だとはずっと感じていて、病気のことや行き場のない思いも書いていきたいと思って、このブログも作った。

でも、本当に書きたいのは、仕事で経験したことや、旅行した先で見た景色や、人との触れ合いの中で感じたこと、だったりする。なのに実際は、病気で仕事を1年以上していない、旅行どころかパニックで電車も車もろくに乗れない、人との触れ合いと言えば夜帰ってきた夫と会話するだけって日もある、と、こんな自分である。書くネタに詰まったら外に出よう!とか言うけど、したくてもできない人もいるんやで…。

 

と、なかなか書けない理由を挙げてきたけど、投げ出してるわけじゃなくて。

1つめ、頭はちゃんと使うべきだと思うし、2つめ、書くことで(+読むことで)しか文章はうまくならないこともわかっている。ちゃんと頭を使って、地道に書くことを積み重ねて、自分の思い通りに言葉を紡げるようになれたらいいなぁと思う(書くの嫌いなのに無理してやるみたいな書き方だけど、書くことは嫌いじゃない)。

3つめはね、うーん。逆に病気で引きこもりの私だからこそ書けることもあるんじゃないかとも思う。誰かに共感してもらったり、誰かの気持ちの支えになれるかもしれないから、病気のことも書いていきたいと思う。前向きな時は前向きな思いを、ネガティブな時はネガティブな思いを。治療の話もね。絶対治すぞ!って気持ちももちろんある。

そのうえで、出掛けられた時にはそのことを書いたり、ろくに出かけられなくても、花の匂いとか、近所のスーパーでのこととか、狭い行動範囲でも書けることはあるんじゃあるまいか。お題スロットで過去の思い出話を訥々と語るのもアリだろう。

 

書くのは好きだけど、もっとうまくなりたい。そのためにはとにかく書くしかない。書いたそばから消したくなるような、恥ずかしい、ゴミみたいなガラクタみたいな文章を山ほど書こう。

ラッピング早めに買っておけ問題

今年のバレンタインはブラウニーを作った。

 

ベーキングパウダーは、カルディにてアイコクのアルミ不使用のものを購入。

製菓用チョコレートと無塩バターも調達。

 

しかし、前日の13日ともなると、ラッピング関連商品は売り切れてしまっているのね…

 

家の近くのホームセンターでブラウニーの型を物色していたら、隣に可愛いラッピング袋が他にないか、店員さんに聞いているお客さんがいらっしゃった。

店員さん「ここにあるだけですね…100均とかに行った方がいいかも」

お客さん「それがね、どこも全然なくて。もう3軒も回ったのよ~」

これから100均に買いに行く予定の私の心の中(マジか……!?)

そんで、行きましたけどやっぱり全然なかったよ。

早めに買っておかないとダメやね。

 

でも、イベント前日に品薄ってもったいないよな~と思った…

今日が1番売れるんじゃないのかしら??

 

帰ったらもう夜で、夕ご飯作る前に急いでチョコ作り。

ガトーショコラみたいに卵黄と卵白分けたり、ハンドミキサーで混ぜたり…って手順よりは楽だったけど、やっぱりお菓子作りは面倒くさい。。

湯せんのお湯がチョコを溶かしているボウルに入らないように細心の注意を払わなくてはいけないし、卵を混ぜてもったり重くなった生地を混ぜて腕が疲れて気持ち悪くなるし、洗い物は大量だし、

「こんなん自分のためだけには絶対作れねー!」

という気持ちになるのでした。

 

あと砂糖の量ね。スイーツの中にはこんなにたくさんの量の砂糖が入ってるのかと、お菓子作るたびに震える。こんな量の砂糖、一気に摂ったら身体に悪いわーやばいわー。

でも出来上がったお菓子を食べると止まらない。

 

先月インフルエンザなった時に食欲なくて減った体重が、順調に元に戻りつつあるので、このへんでちゃんと運動せねば。

同じ体重でも、つけるべきは脂肪じゃなくて筋肉! 

 

 

はじめるよったら、はじめるよ

立ち上げるだけ立ち上げて、2~3記事書いて放置してるブログや、書いたけど消してしまったブログがいくつかある。

方向性が定まらなかったり、ちゃんとした文章書かなきゃと思ったり、自分が思っていて書きたいことは人から受け入れられないんじゃないかとか、いろいろ考えると書けなくなってしまう。

でも、はてなでいくつかのブログにめぐりあったり、とあるブログ本を読み返したりして、気楽に書けばいいじゃん!って思い直したので、今日からまた書く。

30代前半、専業主婦、子無し、各種持病あり。

自宅でちょこっとライター業。保育士資格取得に向け勉強中。

書きたいことはたくさんあるけど、考えがまとまっていないことも多いので、普段は日記を書くことにして、なんか考えがまとまったらそれについて書くっていうスタンスにできたらいい。書いてるうちに、自分はどんなことを書きたいのかがわかってくるかもしらん。

書いている間に、思っていることをスムーズに文章にできるような力がつくといいな。

ぬりえを不安対策の切り札に。

塗り絵を買った。

 

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夫の買ったTarzanに、「自律神経を整えたければ塗り絵に没頭せよ」とあったので、もうこれは買うしかないと、満を持して。

これがすごくいい。

家事や料理と違って、やった分だけ残る、目に見えて蓄積されていくのが嬉しい。

 

朝起きた時や日中突然、胸がソワソワして、不安感に支配されそうになる時、今までは、身体が動かなくて家事もできず、かといって頭も働かないから本も読めず、ただ体育座りをしてテレビを見るか、ツイッターのタイムラインを眺めるしかなかったけど、そういう時に塗り絵をするという選択肢が増えた。

 

この間も、起きるなり朝から寂しいような不安な心持ちになったので、朝ご飯を食べながら塗り絵をした。いつも薬が効くまでが辛いけど、この日は塗るのに集中して、不安を暴走させたり、頭を過興奮させずに済んだ。ちょっと生産性があるという面も◎!

 

塗り絵と色鉛筆がダイニングテーブルに置いてあって、そのセットが視界に入るとホッとする。ちょっと具合悪くしても「ぬりえがある!」と思うと心強い。

家の中でも発作を起こしやすい不安障害の人は、塗り絵いいんじゃないかなぁと思う。